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コラム

リチャード・ジノリ(RICHARD・GINORI)

  • 2019.06.19
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リチャード・ジノリ(RICHARD・GINORI)

 

300年近い歴史をもつイタリアを代表する陶磁器メーカー「リチャード・ジノリ」。

今回はそんな「リチャード・ジノリ」についてお話ししたいと思います。

 

1735年。イタリアの「カルロ・ジノリ侯爵」がトスカーナにある自領地内のドッチァに磁器窯を創設したのが、「リチャード・ジノリ」の始まりです。

カルロ・ジノリ侯爵は鉱物学にも造詣が深く、自ら原料土を発掘し研究を重ね、ドッチァ窯を誕生させたそうです。

 

 

この時代、ヨーロッパの人々にとって白磁の磁器は憧れの的でした。

そんな中、イタリアで初めての磁器がジノリ侯爵によって誕生します。

 

開窯当初は1点制作の記念碑的作品に力が注がれていたそうです。

はじめは熟練した職人の数も少なかったため、型紙を使った単色での装飾がほとんどでしたが、職人の熟練度が上がるにつれて多彩色な花束やバラ模様などの作品が作られるようになり人気を博しました。

「レッドコック」や「グランデューカ」などがその代表作と言われています。

どちらも東洋への憧れが感じられるシリーズですね。

 

フィレンツェの田園風景にインスピレーションを得た花と果物の模様、神話をテーマにした浮き彫りなどもこの時代に作られたそうです。

 

 

カルロ・ジノリ侯爵は52歳の若さで他界してしまいます。

彼の後を継いだのは、長男であるロレンツォでした。

 

ロレンツォは新しく工場を建設し、土の研究を行ないました。

様々な地域から取り寄せた土で改良を重ね、白い磁器を作ることに成功します。

 

今も大人気の「イタリアンフルーツ柄」や「アンティックローズ」など、リチャード・ジノリを代表するパターンはこの時代に誕生しました。

 

 

カルロ・レオポルドの時代にはフィレンツェに最初の直営店がオープンします。

貴族だけでなく、一般の人々もジノリ磁器を手に出来るようになりました。

ルネサンス絵画に深い関心を持っていたカルロ・レオポルドは当時流行していた、ネオクラシック様式を作品にも取り入れます。

直線的なフォルムが特徴の「インペロシェイプ」などがその代表的な作品です。

 

ロレンツォ2世の時代には、ドッチァ窯は1300人の職人と11基の磁器窯を持つまでに発展します。

この産業発展の時期、ドッチァ窯で作られた作品は世界各地で行われた展示会などで一段と高い評価を受けます。

他のヨーロッパの名窯と優位を競い、1851年のロンドン万国博覧会にも「メディチのベース」といわれる作品が出品されています。

 

この時代にサヴォイア家がイタリア半島統一を果たし、1861年に「イタリア王国」が誕生します。

 

1873年には、日本から岩倉具視ひきいる欧米視察団がイタリア・フィレンツェに到着。

その際ジノリの工場にも訪れ、記念にジノリのプレートにサインを残しています。

 

1880年にイタリア国王となったサヴォイア家のウンベルト1世からの注文で「森の果実シリーズ」を制作しています。

この「森の果実シリーズ」は復刻製作され、今でも人気のあるシリーズですね。

 

イタリアという国が統一されたこの時代、ジノリにも大きな転換期を迎えます。

1896年ミラノの事業家「アウグスト・リチャード」に工場を譲渡。

こうして「リチャード・ジノリ社」が誕生することになりました。

 

 

ヨーロッパで一世を風靡し、大芸術運動となった「アールヌーボー(新しい芸術)」は

イタリアでは「リバティ・スタイル」と呼ばれ、自由で流れるような曲線や、自然の植物などがモチーフとなった女性的なラインが特徴です。

 

1923年にリチャード・ジノリ社は現代イタリア建築の父と呼ばれる「ジオ・ポンティ」をアートディレクターとして起用しました。

彼が生み出すシンプルで美しい洗練されたデザインは、アールデコ全盛期における博覧会などの金賞に輝き、「リチャード・ジノリ」のイメージを飛躍的に高めました。

 

近年は金融危機で経営難に陥り、2012年の7月には陶磁器の製造を中止。

2013年1月7日、イタリアのフィレンツェ裁判所は、リチャード・ジノリ社に対して破産宣告を通達します。

 

しかし2013年4月5日、グッチがリチャード・ジノリ社に対して1300万ユーロ(約16億円)で買収を提案したと報道されました。

2013年4月29日には買収が容認され、グッチの傘下になりました。

2か月後にはリチャード・ジノリが最初にオープンしたショップがリニューアルし、長い歴史を再認識させるコレクションを展示、新しいスタートを切りました。

 

2000年には、「リチャード・ジノリジャパン株式会社」が日本に設立。

「リチャード・ジノリ」は伝統を守りながら新しい挑戦を続け、立ち止まることなく進化を続けています。

 

 

リチャード・ジノリをお手放しの際は、ぜひ当店にご相談ください。

高価買取させていただきます❢

 

リチャード・ジノリ シリーズ一例

 

イタリアンフルーツ

ジノリならではの白地にプラムなどのフルーツや、小花を描いたシリーズ。

1760年ごろにトスカーナ地方にある貴族の別荘で、使うディナーセットとして考案されたのが始まりです。

 

ベッキオホワイト

リチャード・ジノリ最古のシリーズ。

バロック様式の格調高いデザインで、バスケットの編み込み模様が特徴のシリーズです。

 

インペロホワイト

古代ローマ時代を理想とする新古典主義の様式を表現した、直線的でシンプルなフォルムが美しいシリーズです。

 

ベッキオフルーツ

ジノリの定番「ベッキオ」に代表的なプラム柄が描かれたシリーズです。

 

ボンジョルノ

イタリア語で「おはよう」や「こんにちは」という意味のボンジョルノ。

挨拶の言葉のように気軽に毎日使えるシリーズです。

 

グランデューカ

トスカーナ太公妃で、オーストリア女王でもあった「マリア・テレジア」のためにデザインされ、開窯250周年に復刻されたシリーズです。

 

 

アンティックローズ

中世ロマネスクの面影をとどめ、200年以上を経た今でも高い人気があるシリーズです。

 

オリエントエクスプレス

世界一優雅といわれる「オリエント急行」。

そのオリエント急行で実際に使われているシリーズです。

白い器に描かれた「VSOE」の文字は、オリエント急行の正式名称である「ヴェニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス」を略したものだそうです。

 

レッドコック

250年ほど前、ヨーロッパに渡った有田焼に描かれていた粟とウズラが、創業者カルロ・ジノリの時代にモチーフとして使われました。

時とともに、ウズラはニワトリに姿を変え、現在の図柄になったそうです。

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